CART

Domesticをサバイブする – Nami Sato

domestic
【形】
1. 家庭(内)の
2.〔人が〕家庭的な
3.〔動物が〕人になれた
4. 自国の、国内の、国産の、国内向けの◆【反】foreign ; international

 
【名】
1. 家事奉公人、〔家事をする〕メイド[お手伝いさん]
2. 〔輸入品ではなく〕国産品
3. 家庭用リンネル製品◆通例、domestics
4. 〔航空路線の〕国内線
5. 家庭内での口論[暴力]

(出典: 英辞郎 on the WEB, https://eowp.alc.co.jp/search?q=domestic, 2021年12月14日)

 
 
カナダ人の音楽家の友人がいる。
3年前、彼女とはじめて出会ったとき、互いの自己紹介もそこそこにしたところでこう聞かれた。
「ところで、あなたの住んでいる街には何人、女性のトラックメーカーやプロデューサーがいるの?」
返事に困った理由はふたつあった。
ひとつは自分以外のひとりも思い当たらなかったこと。
そしてもうひとつは、尋ねられた質問の意味が分からなかったこと。
どうしてそんなことを聞いてくるのか、それがどのように重要なのか、当時は本当に意味がわからなかった。
 
31年間、日本で生きている。
東北の田舎の農家の家系に生まれた。
20代半ばまで、周囲に英語話者はひとりもいなかった。
外国語の学習環境ももちろん無かった。
音楽をつくっているうちにひょいっと放り出された英語世界で「己が何者であるか」をまざまざと突きつけられた。
それは自分がアジア人で、日本人で、女性で、英語が第一言語ではなくて、後ろ盾のひとつもなく音楽をつくっている、つまり欧米を中心とする音楽業界において、ひいてはこの世界におけるマイノリティであるということだった。
多くは自分の意思と関係なく、人種や生まれ育った環境に付随してきたこれらの条件下で、ヨーロッパの音楽産業に身を置くと何が起きるかというと、2021年にもなってまあ冗談みたいに人種差別に遭う。
 
例えば、自分の音楽作品を数曲リリースしただけの、アーティストとしてのマネジメントの契約はしていないレーベル伝てに、コマーシャル音楽の依頼が来る。
それは地球上のほとんどの人が知っているブランドの広告案件で、報酬は今まで見たことのない金額、そしてその広告が伝えたいメッセージにも心から共感できる。
その仕事を達成することによって喜んでくれるひとたちの顔が目に浮かんで、喜び勇んで案件着手前の秘密保持契約書にサインをして送り返す。
すると、彼らは手のひらを返したように明らかに相場よりも高額な仲介料金を提示してくる。
オーケー、そのパーセンテージをあなたに渡してもいいんだけど、それによってわたしはあなたたちからどんなケアを受けることができるの?そして秘密保持契約書にサインする前にパーセンテージの話をしてくれなかったことに対してあなたたちに不信感を覚えています。
丁重に英語の単語を選んで、メールを送信する。
 
彼らから返ってくる返事はこう。
「わたしはこの業界で○○年働いていますがこんなメールを受け取ったのは初めてです」
「わたしたちはこれまであなたに最善を尽くしてきた、あなたはもっと柔軟になるべきだ」
「あなたから送られてきたメールの内容が、あなたの翻訳ミスじゃないといいんだけど」
例えばの話です。
 
映画産業や音楽産業におけるジェンダー、民族性などに関するレポートを公表するアメリカのシンクタンク、アネンバーグ・インクルージョン・イニシアチブの発表によると、2013年から2020年までにビルボードの年間Hot 100 chartにランクインした800曲の内、女性アーティストは全体の21.7%、その中でソングライティングをしているのは12.5%、プロデューサーとして音楽制作におけるイニシアチブを持っていたのはたったの2.6%。
同じ期間、グラミー賞にノミネートされた女性の候補者は全体の11.7%、残りの88.3%が男性だった。
そんな中で、2019年にカリブ系移民2世のフィメールラッパー Cardi Bがグラミーのベストラップアルバム賞を、バルカン半島からイギリスへ難民としてやって来た両親を持つDua Lipaがベストニューアーティスト賞を受賞したのは快挙だろう。
だが、翌年の2020年、日本人の両親のもとに生まれたイギリス在住アーティスト Rina Sawayamaは、その年発表したアルバム『SAWAYAMA』が評論家やリスナーから大きな評価を得たにも関わらず、イギリス国籍を持っていないことを理由に英国国内の音楽賞レースへの参加資格を得られなかったというニュースもあった。
メールの文章に翻訳ミスがあっても無くても、もっとうまく音楽業界をサバイブできていたとしても、行き着く先に待ち構えている現実は変わらない。
(ちなみに2021年末現在、日本の音楽業界のジェンダーバランスについてはデータすらも見つからない)
 
コーカソイド—本来はこれも正当性のない差別的な人種分類表現だ—の男性をヒエラルキーのトップとして築かれた現代の資本主義世界において、アンフェアなまま固定化された男女の比率やジェンダーロールは、わたしたちが生きる日常の反映でしかない。
自分の手先がまあまあ器用なことや、家事労働に難儀した記憶がないことはが生まれ持った適性などではないと気づいたのも、必然的に家事労働に要する時間が多くなったここ数年のことだった。
日本の地方社会や教育下を女性として生きてきて「家事労働は女性がするもの、お前は一個人ではなく誰かの嫁候補」と刷り込まれ、人生においてもっと早く音楽制作や英語の勉強ができていたかもしれない時間をそれに費やされてきた結果、身についたものに過ぎないのだ。
 
コロナ禍によって様々な扉やゲートが閉じられた世界をわたしたちはまるでそれが非日常のように振る舞うけれど、コロナ禍以前から閉じられている扉の向こう側には元来、家父長制に基づく「家庭」という名の世界がある。
世界で起きていることはいつだってとても遠くて、でも本当はすごく近い。
‘Domestic’ であることを、その状態を、否定する必要はないしするつもりもない。
明日の午後に新型コロナが突然収束することはないし、ある日目が覚めたら男性になっていたり、突如として英語が喋れるようになっていたり、人種が変わっているとか、そんなことは絶対に起こらない。
だから ‘Domestic’ である自分自身を呪わない。
自分に嘘をついて ‘International’ である必要もない。
絶えずそのふたつのあいだを流動し、変化しようとするグラデーションだけが ’Domestic’ が包みこむこの世界の外側、そしてその先へ続いている。
 
 
Nami Sato
1990年生まれ。サウンドアーティスト。宮城県仙台市荒浜にて育つ。活動拠点を仙台に置き、アナログシンセサイザー、フィールドレコーディング、アンビエント、ストリングスなどのサウンドを取り入れた楽曲を制作している。東日本大震災をきっかけに音楽制作を本格的にはじめる。2013年、震災で失われた故郷の再構築を試みたアルバム “ARAHAMA callings” を配信リリース。2015年3月11日から毎年、母校である震災遺構荒浜小学校での「HOPE FOR project」にて會田茂一、恒岡章(Hi-STANDARD)、HUNGER(GAGLE)らとライブセッションを継続している。2018年 “Red Bull Music Academy 2018 Berlin” に日本代表として選出。2019年、ロンドンを拠点とするレーベルよりEP “OUR MAP HERE” をリリース、BBC Radio等多くの海外メディアに取り上げられる。2021年3月31日、最新フルアルバム “World Sketch Monologue” をリリース。他、国内外の映画や広告映像などへ多くの楽曲を制作、提供している。